【乙和ノア】暮夜の会合 〜ノア〜(2)

 

 六月といえばでふと思った。涼暮月とは、今の状況にぴったりだ。

 寒いかなと思われた夜風も、歩みを続ければ涼しくなっていった。間歇的に垣間見える月を上目で見上げれば、いかにもな感じ。

 そんな他愛無いことを考えていると、横から小さな鼻歌が聞こえてきた。乙和の鼻歌は珍しいものでは無いけれど、声質も合間ってか無視しようとしなければよく聞こえる。

 しばらく聴いていて、おやと思う。どこかで聴いたことのあるような、そんな気掛かりがあった。

 試しに私も、鼻で歌ってみる。すると驚いたことに、まるで脳に染み付いているかのようにすいすい先のメロディーが出てきたのだ。

 乙和と私は、当然音楽の趣味も違う。音楽の好みとは不変的で、そうコロコロ変わるものでは無いと私は思う。全く好みの傾向が噛み合わない私たちが、同じ曲を深層に根付くほど互いに聴いていただなんてこと、果たしてあるのだろうか。

 一人間、一女子高生として見るなら、多分無い。であれば見方を変えてみればどうだろう。

 乙和と私の、大別出来る共通点。それは多分、これで間違いない。

「Be with the world」

「おお、せーいかーい。流石本家、分かっちゃうよねぇ。聴きまくってるもんね」

「そりゃね。ステージ上での歌詞忘れなんて洒落にならないし、未然に防ぐにはやっぱり体に覚えさせるのが手っ取り早いから」

「私歌詞覚えるのニガテなんだよねぇ。完パケしてる曲なら聴いてればその内覚えるけど、音源だけじゃやっぱり勝手が違くてさ」

「本当にね。初めの頃なんか1、2曲程度の歌詞も覚えてこなかったから、もしかしてこの子、袖の下でも使ったんじゃ無いかって疑ってたんだから」

「え、賄賂ってことだよね!? してないよぉ。アイドルはそんなズルい手は使わないの。みんなを笑顔にするべく華々しくデビューした乙和ちゃんは、身も心もアイドルなのです」

 どん! と乙和は胸を張る。

 アイドルユニットじゃないんだけどなぁ・・・。ま、活動に支障が出ないのであれば、アイドル気取りでも全然構わないけどね。

「今は思ってないって。乙和はすごいよ、輝いてる。表に立ってこそ、乙和は真価を発揮するタイプなのかもね」

 発足当初はまだ世間に発表前だったこともあり、自覚はあまり感じられなかった。けれどライブを何度もこなし、グループとして壁もいくつか超えて、ユニットの一員である自覚は芽生え始めている。練習への熱意もそれの表れで、きっとこれからも、乙和はパフォーマーとして伸びていくハズだ。

「え? それってつまり・・・可愛いってこと?」

「はい?」

「いやあ、輝いてるんでしょ? それって可愛いってことでは・・・ないの?」

「流石はポジティブ魔人。物事の解釈も人智を超えてる?」

「からかわないでよぉ〜」

「曲解もほどほどに」

「も〜」

 曲がり角を曲がると、大回りでトコトコついてくる。

 意味を歪曲させるほど、可愛いという褒め言葉に飢えているとは思えないけどなぁ。SNSで検索をかければ、嫌というほど出くわす褒め文句ではないか。

 

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 30分くらい歩いたところで、道の端に自販機を発見した。そこで自分の喉と二者面談をし、

「飲み物買おうか」という提案をするに話は落ち着いた。

 乙和も反対はしないだろうという考えもあった。

「そだね。そういえば私も喉乾いたよぉ」

 立ち止まり、強い光に目を細めながら、品々を吟味していく。別段これが好きだという当ては無い。迷った挙句、無難にお茶を選択した。

「私は決めたよ。乙和は?」

「うーんとねぇ〜・・・・・・やっぱりこれかなぁ」

 まずは私から。小銭入れから120円を取り出し、お茶を購入。取り出し口に手を伸ばす横で、乙和が小銭を入れる音を確認。

 姿勢を戻し乙和の動向を見守っていると、あろうことか乙和はいかにも甘ったるそうなキャラメルラテを選択した。「んっふふ〜」と上機嫌に物を取り出しているけれど、私にはその気分、理解までは程遠い。

「この時間にそれ・・・太らない?」

「ええっ、飲み物だよ? 大丈夫でしょ。むしろ、ノアのそれはつまらないよ」

「無難と言いなさい。つまるつまらないで選んでるから、カロリーは高くなるしいつも手元不如意んでしょ」

「その分動いてるから問題ないってば。それにお財布事情はノアに言われたくないよ」

 う。それを言われると・・・なかなか痛い。

「あ、今まずいって顔したでしょ〜。墓穴を掘ったね、ノア」

「う、うるさい。仕方ないの、この世には英知と可愛い物が溢れてる。全てはこの世の中が悪いのであって、一概に私のせいではないのです。断じて」

「屁理屈だーい」

 喜色を浮かべて言ってくる。忌々しい笑顔。そっぽを向いてやり過ごした。

 お茶を一口。乾いた喉を潤していく感覚が足らなく良い。甘ったるいドロドロ飲料じゃあこうもいかないだろう。嘲笑ってやろうと今一度乙和の方を向く。しかし予想に反して乙和は、キャラメルラテをがぶ飲みし、「ぷは〜」と清涼感溢れる表情をしていた。

 頬が引きつる。

「理解がまた遠のいた・・・」

「へ?」

 多様性の真髄を見せつけられた。甘い物好きの体は甘い物で出来ているとは、あながち間違いではないのかもしれない。

 お茶をもう一口流し込む。ふぅと一息。

 そろそろ歩みを再開させようかな。

 静寂を一刀両断。口火を切ろうとしたところで、先手を取ったのは乙和だった。缶を両手で持ちながら、快活な眼差しは私を真っ直ぐ捉えていた。

「ねえノア」

「ん?」

「今日の私、どこか変わったとこなあい?」

「あるかもだけど、ないかも知れないね」

「そういうんじゃないよー。もっと具体的に、どこが変わったのか答えて欲しいの」

 わかってた。

 茶化すのもほどほどにして、ちゃんと考えてみる。

 頭から・・・つま先にかけ、まじまじと普段との相違を探していく。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ん〜。

 けれども、これと言った違いは見当たらない。違いを探させるくらいだ、きっと乙和なりの大胆な変化を加えたのだろうけど、気づかないとはこりゃいかに。

「え〜、もしかして気づいてない?」

「いや、ちょっと待って」

 負けじと延長。

 外見の変化が無いのなら、では内面はどうだろう。

 ここ30分の乙和の様相を思い出してみる。喋り方、行動、言葉遣い。心情に左右されやすい事項を重点的に探り、熟考し、捻りに捻り、そしてーーー、

「お手上げ」

「ええ! ひっどーい。これだけ考えて見つけられなかったの?」

「そう。私の霊感も匙を投げたかな」

「え、霊? 霊は関係ないけどなぁ・・・」

「いやそっちの意味では無くて・・・まあ良いや。それで、正解は?」

「はあ、しょーがないなー。ほんとはこの話題を出す前に気づいて欲しいところだったんだけど」

 そうしょぼくれた様に言った乙和は、パッと唐突に両手を広げた。

 尚も何を意味しているのか分からない私を置いて、正解発表は行われた。

「正解は、スカートを履いているでした〜」

「いや分からないよ!」

「えぇ! いや分かるよ分かってよ!」

「おや? とも思わなかったよ! そんな服装の変化なんて、分かる方がおかしいでしょ」

「私制服以外でスカートなんて滅多に履かないんだよ? 何回私の私服見てるのさぁ!」

 そんな激昂することか!?

 言われてみれば確かに、乙和の基本スタイルは短パンだけど。

「もう! ノアのバカ!」

「それくらいでバカ呼ばわり・・・」

 プンスカと地団駄を踏みそうな勢いで私の横を闊歩していく乙和。全くもう・・・。

 今日はやたら情緒が不安定。あえて内面の変化を上げるのなら、そのことかな・・・。

「ん」

 乙和が自販機の強い光から離れ、仄かな余映が当たるだけになったところで、ふと気づいた。

「乙和」

「なにさ」

 歩み寄り、念のための確認。

 うん、間違いない。手の甲でペタリと、乙和の頬に触れる。

「今気づいたからもう一つ。ちょっと焼けたね」

 昨今は六月でも陽は強い。その中で元気に外出とは大した物だけれど、日焼け止めくらい塗ってほしい。一応ほら、露出の多い衣装だし、スポットライトに当たる仕事をしているわけだしさ。

 今は不機嫌そうだし、注意はまた後でにしておいてげよう。

「行こ」

 先に歩みを始める。少し遅れて、乙和がついてくる。

 

                 ーーー続く