【乙和ノア】暮夜の会合 〜乙和〜(1)

 自分で言うのもあれだけど、私は同年代の女の子と比べても可愛い方だと思う。

 いやあれだよ、これは別に他人を見下しているとかそんなではなく、あくまで一般の評価として。可愛かったからネットでバズったわけだし、多数いた応募者の中でも魅力的だったからフォトンのオーディションに合格をしたわけだし。とにかく他意はないとわかってもらいたい。

 私の他にも、私が可愛いなと思う子もたくさんいるし、自分という存在を意思に介入させていないから愚直にアイドルを応援できる。そこに嫉妬も妬みも悔しさも、私の方が上だとか言う傲りも無い。その上で、私も可愛いよねと言っている。そういうこと。

 このように他の評価は割と高めである現状なのだけれど、ただ一つ、気に食わないことがある。それは同じユニットに属する、福島ノアについてだ。

 知っての通り、可愛いものに目がない彼女は、ぬいぐるみやアクセサリー、キャラクターやアイドル、さらには同年代の女の子にすら目を輝かせる。可愛いものを目にしたノアはいつもの清楚っぷりを完全に放棄して、言葉遣いはだらしなく、言動に見境はなく、これでもかと言うほどに限界オタクとしての猛威を振るう。他人に迷惑をかけることもしばしばだ。

 同じグループの人間として恥ずかしい。まったくもう。

 けれど、私の思うところは、彼女の言動そのものに由来しない。

 ノアの中には明確な、この人は可愛いというある種差別的なものがある。そこに当てはまる人間を前にすると、上記のような常軌を逸した行動にでる。例えば出雲咲姫ちゃん、大鳴門むにちゃん、白鳥胡桃ちゃんがそこにあたる。

 人選に異論はない。彼女たちは間違いなく可愛い。認めるよ、うん。

 でも、でもーーーー

「どうして私はいないんじゃーーーーーーーーーーーーっ!」

 そう度々思う。実際に部屋で叫んで、弟にうるさいと怒鳴られたことだってある。

 毎度のことながら、どうにも釈然としない。

 歳下が好きなのだろうか。だから私はノアのセンサーに引っかからないのだろうか。でも私だって見た目は歳下みたいなものではないないか。

 ノアとはよく言い合いをする。ノアの私に対する言葉は往々にして棘が含まれる。別に私が嫌いだということはないだろうけど・・・(よく遊びにいくし)、いわゆる犬猿の仲的な関係だから、可愛いとは思わないのかもしれない。

 そういう関係を望んだわけじゃないんだけどな。勝手に当たりが強くなった。なぜに。

 ともあれ、ノアが私のことを可愛いと思うことを心理的に躊躇っていることは確かだ。

 それはすなわち、ノアの口から一言、「かわいい」という言葉を引き出すことができれば、真に私は胸を張って「私はかわいい」と明言することができる。

 だから私は、学校や事務所などの私以外の対象がいる場所、さらにはそもそも私しかいない場所にノアを呼び出すことにした。私しか話す人間がいなければ、自ずと会話は互いのことに限定される。

 夜の、人通りの少ない郊外の住宅街。そこを舞台に勝負する。

「今日の夜お散歩に行こうと思うんだけどさ、ノアもどう?」

 二つ返事で了承を得た。

 私の企てにも気づかずに、呑気なノア。

 楽しみだ。

 私は歩いて、待ち合わせ場所に向かう。

 携帯を見る。思ったよりも早くつきそうだ。ノアのことだからもういるかもしれない時間。

 しばらく歩き、暗闇の先にあそこかなと思えるベンチを発見した。近づいて見ると案の定、ノアはもうお淑やかな姿勢を固定させて座っていた。

 ノアに横目で見られる。向こうからじゃまだ、私か分からないかな。

 するとちょうどの時、今まで隠れていた月が顔を出し、青白い光が降り注いだ。

 向かってきていたのが私であったことに、ノアは安堵の面持ちになる。

 私ないつもの笑顔で、ぷらぷら軽く手を振った。

 

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「やっほーノア。待った?」

「時間ギリギリ・・・。ま、乙和にしては頑張った方かもね」

「え〜なにその言い方。感じわるーい」

 私は両腕を上下に振って文句を言う。初っ端から、やっぱ当たりが強い。

 私が不服の表情を浮かべると、ノアはこんなことを言う。

「素直に褒めたの」

 ほんとかな〜? 依然疑いの目。けれどノアは、さほど気に留めていない様子で続けた。

「で、えっとまあ・・・これからどうしようか。それとも何か決めてたり?」

 訊かれ、あっ、と思う。そういえば・・・集まってからのこと、何も考えてなかった・・・。

「え、ああそれは・・・決めてないけど。見切り発射というか・・・まあそんな感じ」

 そんなこったろうと思っていた、という表情をされる。こっちから誘っておいて確かに浅はかだったことは認めるけど・・・むぅ、もうちょっと期待してくれても良いのにぃ・・・。

「じゃ、適当にぶらぶらしようか。街の方は流石にまずいから、自ずとこの辺になるけど」

「あ、そうだね! これぞ散歩の醍醐味!」

 ぶらぶら。良い響き!

「醍醐味というか、これこそ散歩の真意だけど。夜だし、あんまり大きな声出さない。じゃ、行こ」

「えっへへ〜、レッツゴー、だね」

 私は右手で天を突き、常識の範疇で元気よくそう言った。また注意されては話題が逸れる。

 今のは可愛かったでしょ! これ見よがしにノアに目線を向ける。だが、ノアは今しがたの出来事など歯牙にもかけず、なぜだか空を見上げ出した。

 はてなが頭を駆け巡る。・・・何やってんの?

 スルーされた。むぅ。私は唇を尖らせた。

 

                ーーー続く