【乙和ノア】暮夜の会合 〜乙和〜(2)
さてと、と、ノアの「可愛い」というセリフをいかにして引き出すかを考える。
今思えば、どうしてあらかじめ考えておかなかったのか。常々、行動力ばかりが先行している。
これが私の良いとこだという見方もあり、私も私の性分に強いコンプレックスを抱いているわけではないけれど、こういう点にはノアがうるさいんだよねぇ。だから注意されるたびに、私犯罪でもしたんかという気になって困る。直した方が良いか、直さなくて良いかはただいま乙和ちゃん検討中。
ともあれ、ここまで来てしまった以上は出まかせでも良いからノアの気を引く何かが欲しい。
ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜と、長いこと考える。ふと、自分が鼻歌を歌っていたことに気がついた。
ん?
スラスラと、まるで身に染みているかのように、先々のメロディが口を衝いて出てくる。口じゃなくて鼻だけど。
なんの曲だったかなととりあえず考え出すけれど、程なくしてなんてことなく思い当たった。
Be with the world。私たちが所属する、フォトンメイデンというユニットの曲だ。学校へ行ってはそのままレッスンという生活習慣の中にいると、やっぱり勝手に頭に刻み込まれるメロディだ。学校にいる時もたまにライブをおこなったりするから、きっと私以外のメンバーも、つい口ずさんじゃったりするんじゃないかな。なんだっけ、同じ曲のフレーズが頭にこびりついて離れなくなる現象に名前があったはずなんだけど・・・思い出せないや。
そう思いながら、鼻歌はサビへと入る。それに合わせてか分からないけれど、ノアも唐突にハモリ出した。
無観客のゲリラライブ。なんだかどんどん嬉しくなってくる。次第に私はノリノリになる。サビを終え、ライブでやる短い尺を歌い切ったところで、ノアは回答する様に言ってきた。
「Be with the world」
「おお、せーいかーい。流石本家、分かっちゃうよねぇ。聴きまくってるもんね」
「そりゃね。ステージ上での歌詞忘れなんて洒落にならないし、未然に防ぐにはやっぱり体に覚えさせるのが手っ取り早いから」
「私歌詞覚えるのニガテなんだよねぇ。完パケしてる曲なら聴いてればその内覚えるけど、音源だけじゃやっぱり勝手が違くてさ」
「本当にね。初めの頃なんか1、2曲程度の歌詞も覚えてこなかったから、もしかしてこの子、袖の下でも使ったんじゃ無いかって疑ってたんだから」
袖の下・・・? どこかで聞いた慣用句。しばし考えて、やっとのことで思い出すと、私は抗議の声を上げた。
「え、賄賂ってことだよね!? してないよぉ。アイドルはそんなズルい手は使わないの。みんなを笑顔にするべく華々しくデビューした乙和ちゃんは、身も心もアイドルなのです」
そうアイドル。険しくも力強く咲き誇り、常に笑顔を振りまく至高のエンターテイメント。
アイドルという業界への印象は、正直私の理想も含まれている。たとえそれがくだらない空想だったとしても、私は理想を持ち続けたいと思ってる。影の部分から目をそらしたとしても、私はフォトンメイデンで、誰にとっても理想のアイドルでい続けたい。と、一丁前に語ってみたり。
つまり言いたいのは、後ろめたい事なんか何もないよということ。そしてそれは、ノアも分かってくれていたようだった。
「今は思ってないって。乙和はすごいよ、輝いてる。表に立ってこそ、乙和は真価を発揮するタイプなのかもね」
さすが親友、わかってるじゃん。
それにしても、ノアが私を素直に褒めるとは珍しい。
これは・・・チャンスなのでは? そう思い私は、ちょっと強引だけど攻めてみることにした。
「え? それってつまり・・・可愛いってこと?」
「はい?」
「いやあ、輝いてるんでしょ? それって可愛いってことでは・・・ないの?」
ないな〜、うん。でも、一言、「可愛い」と言ってもらえればそれでーー、
「流石はポジティブ魔人。物事の解釈も人智を超えてる?」
斜め上の回答!?
「からかわないでよぉ〜」
「曲解もほどほどに」
「も〜」
角を曲がるノアを、外回りでトコトコ追う。そしてまた、横につく。
ダメだったか・・・わかってたけど。
会話の脈絡の不自然さは、きっとノアが一番気にするタイプだろうからなぁ〜。
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どれくらい歩いたかな、もう分からないや。
道の端に自販機を発見。今私は喉乾いてるのかな? 分からないけど、休憩するなら良い口実かもしれない。
よってかない? そう私が言う前に、「飲み物買おうか」とノアの方から提案してきた。ナイスタイミング。
「そだね。そういえば私も喉乾いたよぉ」
つい思ってもないことを付け足してしまう。でもそう言ってしまってことは、もしかしたら私、喉渇いていたのかなぁ。
立ち止まり、強い光に目を細めながら、品々を吟味していく。
清涼感があり、甘く、程よく喉を潤してくれるもの。これかなぁという物をいくつか決め、あとは絞っていくだけになる。
「私は決めたよ。乙和は?」
「うーんとねぇ〜・・・・・・やっぱりこれかなぁ」
先にノアが小銭を投入し、ボタンを押す。出し口から出てきたのはお茶だった。ノアが屈んだ隙に、私も小銭を入れ、望みのキャラメルラテのボタンを押した。
「んっふふ〜」
取り出す。缶のやつは飲んだことないけれど、多分おいしい、きっとおいしい。わくわくしながらプルタブに手をかけようとして、横から不快そうな声がした。
「この時間にそれ・・・太らない?」
「ええっ、飲み物だよ? 大丈夫でしょ。むしろ、ノアのそれはつまらないよ」
「無難と言いなさい。つまるつまらないで選んでるから、カロリーは高くなるしいつも手元不如意んでしょ」
「その分動いてるから問題ないってば。それにお財布事情はノアに言われたくないよ」
ノアは図星を突かれたようで、若干顔を歪ませた。
「あ、今まずいって顔したでしょ〜。墓穴を掘ったね、ノア」
「う、うるさい。仕方ないの、この世には英知と可愛い物が溢れてる。全てはこの世の中が悪いのであって、一概に私のせいではないのです。断じて」
「屁理屈だーい」
にひひと、してやったと満面の笑みを向ける。
どうやら機嫌を損ねたよう。ノアは何も言わずぷいとそっぽを向いてしまった。
謝らないよ私。中途半端に上がった状態のプルタブを開けきる。そして一気に液体を体内に流し込んだ。
いける、むしろ美味しい。私は満足げに缶を口から遠ざけると、「ぷは〜」と一息吐いた。どうよこの美味しそうな顔。嘲笑ってやろうとノアの方を向くと、こっちを見やったまま頬を引き攣らせていた。
「理解がまた遠のいた・・・」
「へ?」
何が遠のいたと言うのか。私は首をかしげた。
ラテをもう一口飲む。ふぅと一息。
そこで、そういえばと思い出した。
ここにくる途中ですっかり忘れてしまっていたけど、見た目の変化として、いつもは着ないような服を着てきた。ミニスカート。学校の制服以外ではあまり着ない。別に嫌いな訳じゃないけど、短パンの方が動きやすいから。ロングスカートも同様の理由。
できればノアの方から言って欲しかったところだけど、夜だし、並んで歩いているし、気づかなくてもしょうがない。
でも、自分から言うのもなんか違う気がする。ノアの素直な感想を引き出すには、ノアの方から気づいてもらう必要がある。
「ねえノア」
「ん?」
「今日の私、どこか変わったとこなあい?」
「あるかもだけど、ないかも知れないね」
「そういうんじゃないよー。もっと具体的に、どこが変わったのか答えて欲しいの」
また茶化すように言う・・・。ここまで来ると、もはや意地悪なのでは?
真面目に考えだしたようで、ノアは手を顎に当てながら、私の全身に目を通していった。ちょっと恥ずかしくなって、身をよじる。
気付け気付け気付け。そう復唱するけれど、ノアの顔から一向にはてなが取れない。それどころか、むぎゅっとだんだん険しくなっていった。
「え〜、もしかして気づいてない?」
「いや、ちょっと待って」
延長された。うそ、そこまで私の体を凝視して、尚気づかない!?
それでも、最後には気づいてくれると信じていた。けれどその希望も、ノアの諦めの声であっけなく潰えた。
「お手上げ」
「ええ! ひっどーい。これだけ考えて見つけられなかったの?」
「そう。私の霊感も匙を投げたかな」
「え、霊? 霊は関係ないけどなぁ・・・」
「いやそっちの意味では無くて・・・まあ良いや。それで、正解は?」
「はあ、しょーがないなー。ほんとはこの話題を出す前に気づいて欲しいところだったんだけど」
私はこれ見よがしにパッと両手を広げる。腰を突き出し、強調する。
「正解は、スカートを履いているでした〜」
「いや分からないよ!」
なんと! つい、私の声も荒くなってしまう。
「えぇ! いや分かるよ分かってよ!」
「おや? とも思わなかったよ! そんな服装の変化なんて、分かる方がおかしいでしょ」
「私制服以外でスカートなんて滅多に履かないんだよ? 何回私の私服見てるのさぁ!」
まさか違和感すら覚えられていなかったなんて・・・。大きく期待した分、ふつふつとノアに対する憤りが湧いてきた。
「もう! ノアのバカ!」
「それくらいでバカ呼ばわり・・・」
後になって、どうしてここまで怒ったのかわからない。何が許せなかったのだろうかと、冷静になった今でも私の頭を悩ませている。
私はドスドスと足音を立てながら、自販機を尻目に歩き出す。
数歩歩いたあたりで、
「乙和」と呼び止められた。
「なにさ」
少々荒々しく言いながら、振り向く。パタパタと小走りに、ノアが歩んでくる。
謝りにきたのかな。今謝ってくれるなら、許してあげないこともないけど。
ノアはなにやら納得の表情を浮かべている。どうしたんだろ。私の顔になにかつ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!
「今気づいたからもう一つ。ちょっと焼けたね」
驚きすぎて、声が出なかった。触れられた方の頬が、徐々に熱を帯びていくのを感じた。
ノアの手が私の頬に触れていた時間は、3秒もなかった。ノアの手が離れるのを機に、気づかれないよう、自販機の光が当たらない箇所にすり足で移動した。
意味があったかどうかは分からないけれど、赤らむ顔を見られる可能性を少しでも減らしたかった。だって変だもん。なにこれ!?
鼓動がすごい。だけど落ち着く暇も与えてもらえず、
「行こ」
ノアにそう促される。
ノアは待ってくれなかった。すぐには追えなかった。顔をブンブン振り、先行く彼女の背に向けて駆け出した。
ーーー続く